いつ子どもと向き合う時間をとってるんですか?
1日でどれくらいとってるんですか?

とよく聞かれます。

そんなにしっかり子育てしてるように見えるんでしょうか(笑)。

実際カウントしてみると、ぶっちゃけたいした時間ではないです。

・長女とは、朝の通学時間と帰宅時間(電車の間は話せないので、往復で正味30分くらい)
・次女と長男は出る時まだ寝てることもあるのでほぼノータッチ
・次女と長男のお迎え時間で今日どんなことがあったか聞く(だいたいあまり情報は引き出せないw)
・夕ご飯の時はみんな食べるのにor食べさせるのに一生懸命なため大したことはできず
・自分も夜に入る時はお風呂タイムで15分くらい(週に1〜2回)
・お風呂上がってから寝るまでの30分くらい一緒に遊ぶ(最近は子どもたち同士で盛り上がって仲間に入れてくれないこともあるが)
・夜寝るときにイチャイチャしたり、今日あったことをお互いに話す(5分くらい、日替わりで誰と隣になるかメンバーが変わる)

う〜ん。少なっ!!

毎日多くても1時間くらいなんですね・・・。

でも、その割には毎日何か書けるくらいネタには困らない!!
どうしてだろう?

自分が書いてきたものを振り返ると、主には「子どもとぶつかったとき」「子どもが面白いことを言い出したとき」のどっちかがネタになってますんで、わざわざ「向き合う時間をとっている」という感じではなくて、生活の流れの中で「ここだ!!!」というタイミングにいつもアンテナを張っているという感じなのかもしれません。

・書き順をなんとかしたい
・好き嫌いなく食べて欲しい
・おうちに帰ったらまず宿題やって欲しい
・人に優しくして欲しい
・寄付について学んでもらいたい
・ものを大切にして欲しい
・自分の選択に責任を持って欲しい
・進んでお手伝いできるようになって欲しい
・人のせいにしないことを学んで欲しい

というような「子どもに対する願い」は常に持っている状態だけど、親の都合でいきなり「宿題しなさい!」「食べ物を残さない!」「書き順ちゃんとしなさい!」と唐突にそれをぶつけても子どもの問題意識が生まれてないとうまくいかない。だから、生活の中で「向き合うきっかけ」を網を張って気長に待っている感覚。それは、例えば久しぶりに再会した保育園の先生から「書き順めちゃくちゃじゃん」とつっこまれた瞬間。例えば、路上で国境なき医師団が寄付を募っていたのに出会った時。たまたま嫌いなものが多くてほとんど食べられなかった時。

そういう瞬間に、すかさず「私にはこんな風に見えているけど、キミは実際のところどう思ってるのかね?」ということを聞くことからはじめています。そこで共通のゴール設定ができれば、あとは一緒にアイディアを出して解決していく。

もちろん、すべてがスムーズにいくわけではありません。(うまく行った時の流れを極力簡潔に伝えるようにしているので、いつもうまくいっているように思えるかもしれませんが、実際には背後に多くの試行錯誤ややり取りが存在しています・・・)

その場では共通のゴールが見つからず、ぶつかって終わるだけの日もある。
きっかけが問題意識の醸成には不十分なこともある。

でも、ちゃーんと子どもの中には積み重なっているんですよね、見えないところで。で、いくつかのきっかけが積み重なって、ある時バケツの水が溢れるように、その子にとって向き合うべき瞬間が訪れる。

逆に、その「向き合うべき瞬間」を親がコントロールしようと思うと大変になりますので(というか無理なので ^^;)、そこは「その子に必要な瞬間に訪れる」と思って生暖かく見守るようにしています。