フェイスブックで、夏休み最終日に宿題終わってないのにいきなり手打ちうどんを打ち始めた長女の話を書いたら「そんな状況でイライラしなくてすごい」とフィードバックをいただいたんですが、イライラはしてます〜(笑)。

もう一度書きますね。

イライラはしてますーーーー!!!

自分が子どもだった頃、
・教科書類はもらったらその日に全部読破
・夏休みの宿題、ドリルは最初の3日くらいで全部やる
・その他の宿題も、絵日記などその時が来ないとできないものをのぞいて7月中に全てやる
・読書感想文大好き!
・情報をまとめて編集して、先生ウケする感じで見せるの超得意!
というタイプだったため、正直、長女の感覚はまったく理解できません。。。

昨日も「バナナの”ナ”って、どうやって書くんだっけ?右に曲がるの?左に曲がるの?」とか、カタカナすらあやふやなこと言い出しますし・・・。

いろんな意味で「子どもだった時の自分」と比べると、「え・・・なんでできないの???」となります。

ただ、「自分のイラつきポイント」が「そこだ」ということはわかってるんですね。なので、「あ〜、また自分と比べてるんだな」と気づくと少しクールダウンできる感じなのかもしれません。

と、ここまで書くと改めてイラつきの原因が自分にありすぎて申し訳ない気持ちになるね。。。

そう。

イライラの原因は、子どもにはない。
自分の中にある。

ここがたぶん超重要なポイント。

だから「自分が子どもにイラつく」パターンと、その背景や理由というのが必ずある気がします。何が自分の感情のトリガーになっているのか?は人それぞれだと思いますが、何がトリガーなのか?がわかるだけで少し距離を置くことができる。

ちなみに、次女について私がイラつくタイミングは「ぜんっぜん話聞いてね〜」という時と「できるのにやらない」っていう時ですね。器用なくせに本気出してやらないときにイラっとくるのですが、うん、それ、まんま自分じゃない?っていうね(笑)。

だいたい「他人を見てイラつく」というのは、
・自分が我慢していることを相手が平気な顔でやっている時
という自分自身の「抑圧の投影」であることが多い。で、その場合には「できない自分」や「我慢してる自分」をそのまんま受け入れてあげるだけで解決することもある。あるいは、矢印を相手に向けるのではなく、自分に向けるだけで相手への攻撃感情から自分自身の内省が導かれ、「イライラ」という感情そのものが薄れていくこともある。

イライラして嫌だ!!!と思ったら、イライラを引き起こしている自分自身の中にある「思い」や「願い」や「感情」が光を当ててもらいたくて、大切にしてもらいたくてうずうずしているのかもしれません。

ま、わかっててもイライラはするけどねーーー(笑)