「○○でなければならない」という呪縛は、あらゆるところで私たちの考え方に根付いています。

・ちゃんとしていなければならない
・人に迷惑をかけてはいけない
・みんなから好かれなければならない

などなど。

よく言われるのは親からの影響で、確かに親になって思うのは、明示的に言葉で伝えるにせよ伝えないにせよ「こうすべき」「こうあるべき」という親の枠は驚くほどストレートに子どもたちに伝わっていく。で、「こうあるべき」という上からの圧力が内面化されると、今度は他者に対して「(私は我慢してこうしてるんだからあたなたも)こうあるべき」と攻撃し始めるのである(以前にも書いた同調圧力の話)。

で、こういう「こうあるべきの罠」に気づくとどんな風に思うかっていうと。

_人人人人人人人人人人人人_
> べきはやめるべき!! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

って、冗談ではなく考えるようになります(笑)。

右に振れてたのに気づいて、今度は左に振り切っちゃったみたいな。
結局同じ「こうあるべきの罠」から抜け出せない。

だから。

「ねばならない」や「べき」に苦しめられてきたら。
そこから抜け出す方法は「そうであってもいいし、そうでなくてもいい」というふんわりした感じや余白の存在を許すことが大事。

ちゃんとしててもいいし、ちゃんとしてなくてもいい。
そりゃあ他人に迷惑をかけないほうがいいけど、かけちゃうことだってある。
みんなから好かれたら嬉しいけど、別に好かれなくったっていい。もちろん好かれたっていい。

ふんわりした余白が、あなたに自由の翼をくれる。